どろろ 17話「問答の巻」 感想考察 儂の名は

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催促されちゃあ仕方ないぜ!(コメント乞食)

どろろ 17話 感想考察

あらすじ

どろろ17話適当あらすじ:戦場で相変わらず、人の死体に義肢を付けて回る寿海。彼は妖に狙われないという特異な状態に意図せず陥っていた。そんな中戦場でどろろとはぐれ、一人で旅する百鬼丸と出会う。二人の問答は何を齎すか。

小林靖子脚本回

おら!どうだ!傑作持ってきてやったぞ!といわんばかりの小林靖子回。いままでのどろろで一番面白かったかもしれない。ちゃんと疑問や課題を提示して、それを解決、または登場人物が考えを変えたりしていくのが非常に観てて気持ちがいい。

寿海の心の動き

序盤の寿海の救えぬ死者への無駄な行動。人は救えないからというのは弟子を育て、百鬼丸を育てたことから来ているのはみなさんご存知の通り。彼は何故か妖に襲われない。それは最後に生きながらに死んでいるからだと明かされるわけですが、そこまでの寿海の死者としての描写はなかなかどうして素晴らしい。

通り掛かりの爺の言う通り賽の河原(親より先に死んだ子供は三途の川で一生石を積んでは崩されるという苦行に身を費やすことになる)が既に暗示しているんです、おひょー。更に寿海は戦場であるにも関わらず、服や体に赤い血液がまったく付着していない。ここが端的に表せてるのがAmazonプライムビデオ基準だと19分12秒からの戦場で血に塗れて赤い大地に立つ百鬼丸から地面に血の通わぬ義手が転がる大地に立つ身綺麗な寿海までの対照的な数秒のシーン。寿海自身が現在まで血の通わぬような死んでいるみたいなものであることを示してるんでしょう。

その後に百鬼丸におっかちゃん宣言されてから暗雲や雨から日が差し、生を取り戻した彼は苦しくも百鬼丸が失った左足を噛まれて赤い血を流し、自分が生きていることを自覚する。うーん本当に気持ちがいい流れ。

どろろの重要性

どろろの重要さを再確認したことも見逃せない。人の血に濡れた身体を取り戻した後に待つものは、屍の山だけで孤独しかないという寿海に対してどろろのことで反論しようとする百鬼丸。寿海も人殺しであったわけだが、百鬼丸のおかげで今回ある種救われることが出来た。どろろさえいれば百鬼丸の幸せへの道も開かれることでしょう。

寿海を救ったおっかちゃん宣言もどろろと話したことから来てるんだし、本当に太陽みたいな子なんだなあ。

その他地味に思ったこと

寿海の個人的な考えかもしれないけれど、百鬼丸が体を取り戻すことで醍醐領に齎される不利益は醍醐自身が負えばいいというのは当たり前だけど、大事なことです。

化け物とはいえ子の前で親を殺すことに躊躇してしまう母性の鑑を見せつける陸奥ちゃんぐうかわ(ぐうの音も出ないほどカワイイの意)

コメント

  1. 百鬼丸と寿海さんの回は味わい深くてシビれます。とくにこの回は格別。服の血痕付着の有無なんて気づきませんでした👀。そんな、違った目線や考察がいつもあるのでおもしろいなーと。
    ご対応ありがとうございました

    • コメントありがとうございます!
      正直血痕の件は気付いたとき俺天才かよと思いました。
      これからもこじつけていきたいです!

  2. “俺天才”(^^)
    これからもおねがいします。
    製作側の方が読んだら、細部までの汲みとりや、意図せぬ新たな解釈に目がしら熱くなってしまうのではないでしょうか。みてたらそれこそコメントしていただきたいですね。

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